匙を投げる

(薬の調合のための匙を投げ出す意)医師が治療の方法がないと診断する。また、物事に救済や改善の見込みがないと断念する。「広辞苑第六版より」

キャシャーンをもうちょっと考える

なんだかんだいって、結構みんなキャシャーン見てるわけですが、結局興行的にはどうだったの?
と疑問系ではじめてみました。最近キャシャーンに関する考察やら感想がまた増えてきたように思うので、ボクももうちょっと考えてみることにします。


ボクが見たときの感想 id:sajiwo:20040506#p1
これを書くきっかけになった記事 7割の法則(id:fukoich:20040520#p3)


映画を面白い面白くないと判断する基準はなんでしょか。もちろん人によって違いはあるけど、映画の種類(アクションとかSFとかラブコメとかそんな感じね)によって大別できそう。


で、キャシャーンの場合はなんだろう。ボクの場合はそこでまず迷った。
初めに見たときは、とりあえずSFアクション映画として見てた。
サッパリしない。だってアクションが中途半端なんだもん。前にも書いたけど、ロボット軍団に対し孤軍奮闘するシーン、敵とタイマンしてるシーン以外は盛り上がりにかける。タイマンのところだって、なんだかわかんないけどいつの間にか敵さんが倒れてて、勝負ついたって感じがしない。
マトリックスなんかは、アクションとしてはもうやるだけやった感じがするので、ストーリーなんかは割とどうでもよくなれるけど、キャシャーンは残念ながらそこまではたどり着いていないように感じた。


アクションだけでは面白いと感じることができなかった。次は、ストーリー?ということで上述の、きっかけとなった7割の法則が出てきた。
本来の意味であれば、ほぼ全文を引用しないといけないと思うけど、引用というかそれは転載だよということになるので、とりあえず一文を引用。



映画全体の7〜8割を理解した人は「面白い」と感じ、7割未満しか理解出来なかった人は「説明が足りない」と批判し、8割超を理解できてしまった人は「説明が過剰すぎる」と批判しているのではないか、と。

ニュアンスが微妙に変わるような気もするので、気になる人はid:fukoichさんの記事を読んでください。
ボクが疑問に思ったのは、何をもって、映画全体の理解なんだろうってこと。映画において理解度の割合が変わるものがストーリー、思想くらいしか思いつかないボクの頭に問題があるんだろうけど。
「映画全体の理解」がどういうものを指すのかよくわからないので、7割といわれてもピンとこなかった。



同じ映画の同じ否定意見なのに、「説明が足りない」「説明が過剰すぎる」と正反対に別れるのはなぜだろう。
もちろん「足りないのはストーリーで過剰なのは思想なのだ」と一言で言ってしまえばそれまでなんだけど、

という文章があって、その後に上の7割の法則の解釈が書かれているのだけれど、ボクは、「ストーリーが不足していて、なおかつ過剰である」と思う。
伏線を思わせるようなものが多い割にそれに対して何もフォローが無かったり、必要な説明が無く、いらないものが多かった。なんか箇条書きで進んでる感じ。おおまかな流れはあるけど、いらないものは多々あるし、必要なものについても箇条書きなのでちゃんとした説明はない。


個人的には、思想もストーリーも多くてもいいかなと思う。お金いっぱい使って自分の思ってることを表現したいんだから。でも足りないのは問題だよ。見てる側が消化不良おこすから。世の中妄想だけで生きていけないんだからさ。


この映画は原作がアニメだからって御都合主義が多すぎて参る。ボクは、突っ込みどころが多すぎて映画に集中できなかった口なので、疑問があってもあまり深く考えずに眺めるように見るのが良いと思う。


不必要に長文でごめんなさい。
あと、id:fukoichさんの内容についてケチをつけてるわけでも内容を否定しているわけでもありません。単純に、映画全体の理解ってのは何をさしているのか教えてほしいと思っただけです。あとはキャシャーンに対する愚痴です。(愚痴9割。まぁ言うほどつまんないってこともないけどね。面白くは無かったけど。)